11月14日1778年【J.フンメル】

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ヨハン・ネポムク・フンメル
Johann Nepomuk Hummel

[作曲家・ピアニスト/オーストリア]
1778年11月14日-1837年10月17日 58歳没
存命中はヨーロッパ最大の作曲家の一人、最高のピアニストと評されていました。


Johann Nepomuk Hummel: Edition

生涯

1778年11月14日 ポジョニ(現スロヴァキアのブラチスラヴァ)に生まれる。
指揮者で弦楽器奏者でもあった父・ヨハネスに音楽の手ほどきを受け、4歳で楽譜を読み、5歳でヴァイオリン、6歳でピアノを演奏する神童だった。
1786年8歳 アウフ・デア・ヴィーデン劇場の指揮者に就任した父に従ってウィーンへ移り、モーツァルト(1756-1791)の家に住込みで、2年間に渡りピアノを師事。
1789年11歳 モーツァルトと別れ、父と共にヨーロッパ各地を巡演し、神童として喝采を浴びた。
1793年15歳 1890年からイギリスに住み、フランス訪問を予定していたがフランス革命後の混乱により断念し、ウィーンへ戻る。ウィーン音楽院でアルブレヒツベルガーに対位法、サリエリ(1750-1825)に声楽作品、ハイドン( 1732-1809)にオルガンを学び、またベートーヴェン(1770-1827)と親交を結ぶ。

『トランペット協奏曲』(1803)

1804年26歳 ハイドンの推薦でエステルハージ家のコンサートマスターに就任。ハイドンが引退後は宮廷楽長となり、劇作品や礼拝堂用の宗教作品を作曲し、少年聖歌隊の指導や楽団の指揮にあたる。
1811年33歳 宮廷楽長を辞し、ウィーンでピアノ作品、室内楽、劇作品などの作曲に専念。
1814年36歳 作曲活動に加えピアノ奏者として復帰。ドイツ演奏旅行により名声を得てめざましい活躍をする。
1816年38歳 シュトゥットガルトの宮廷楽長に就任、1819年からはワイマールの宮廷楽長を歴任し、作曲のみならず出版、演奏など活発に活動する。ワイマールでは厚遇を受け、ゲーテ(1749-1832)とともに芸術の街ワイマールの発展に貢献した。

『ピアノ協奏曲 第3番 ロ短調 Op.89』(1819)

1820年代はピアニスト、教師、作曲家として最も多忙な時期で、ロシアやポーランドでも演奏し、ヨーロッパ最高の作曲家、ピアノ奏者の一人に数えられ、ベートーヴェンと並び称される巨匠の一人とされた。
F.シューベルト(1797-1828)、F.メンデルスゾーン(1809-1847)、C.ツェルニー(1791-1857)、F.ショパン(1810-1849)らと交流を持ち、優れた弟子を輩出し19世紀全般のピアノ奏法に大きな影響を与えた。また、『モーツァルト回想録』『自伝』『ピアノ奏法の理論と実践詳論』など著作や、当時はまだ不十分だった著作権の確立のために奔走した。

1834年56歳 ウィーン旅行を最後に病のため演奏活動に終止符を打つ。
1837年10月17日58歳 3年間の闘病生活の後、任地ワイマールで亡くなる。葬儀の際、師匠モーツァルトの『レクイエム」が演奏され、ワイマール歴史的墓地に埋葬された。


フンメル:ピアノ協奏曲第2番, 第3番

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