8月10日1865年【A.グラズノフ】

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アレクサンドル・コンスタンティノヴィチ・グラズノフ
Aleksandr Konstantinovich Glazunov

アレクサンドル・グラズノフ

[ 作曲家・指導者・指揮者 / ロシア ]
1865年8月10日-1936年3月21日 70歳没
帝政ロシア末期を代表する作曲家のひとりであり、音楽指導者。

生涯

1865年 サンクトペテルブルクの富裕な出版業者(『エフゲニー・オネーギン』の版元)家庭に生まれる。9歳でピアノ、13歳で作曲を学び始める。
1879年14歳 M.バラキレフ(1837-1910)の紹介でリムスキー=コルサコフ(1844-1908)に師事。年齢差を超え生涯の友となった。
1881年16歳 15歳で作曲した『交響曲第1番「スラブ」』がバラキエフの指揮によって初演され大成功を収めた。これにより資本家ベリャーエフが彼のパトロンとなり、作品を出版したり1884年には旅行先のヴァイマールでリストに引き合わせ、ベリャーエフのもとに集まる音楽家たちの中心的存在となる。
1887年22歳 A.ボロディン(1833-1887)が急逝し、『イーゴリ公』などの遺稿をリムスキー=コルサコフと共に補筆し完成させる。

1888年23歳 指揮者デビュー。
1889年24歳 パリ万博で自作の『交響曲 第2番』指揮。

『ライモンダ』(1897)

1899年34歳 ペテルブルグ音楽院の教授に着任。
1905年40歳 リムスキー=コルサコフの免職に抗議し辞職するが、ほどなく院長に選任され1917年まで務めた。

このころは円熟期であり、交響曲『第4~6番』バレエ音楽『ライモンダ』『四季』『ヴァイオリン協奏曲』など代表作を次々と発表し、ヨーロッパ中に名声が広まった。

『交響曲第8番 Op.83』(1906)
ムラヴィンスキー(1903-1988)指揮
レニングラード交響楽団

第1次世界大戦(1914-1918年)、ロシア動乱期の中、創作やショスタコーヴィッチを指導するなどの教授活動、工場や駐屯地での演奏会の指揮を続けた。
1928年63歳 パリへ移住し、欧米において指揮活動を行い、生涯ソヴィエトに戻ることはなかった。
1936年3月21日 70歳でパリにて亡くなる。

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