11月22日1913年【B.ブリテン】

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エドワード・ベンジャミン・ブリテン
Edward Benjamin Britten

[作曲家/イギリス]
1913年11月22日-1976年12月4日 63歳没


ベンジャミン・ブリテン

『青少年のための管弦楽入門』 がよく知られています。
現代を代表するオペラ作曲家の1人で、イギリスでは17世紀のH.パーセル(1659-1695)以来のオペラ作曲家です。

『青少年のための管弦楽入門 The Young Person’s Guide to the Orchestra』
指揮:S.ラトル(1955-)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

生涯

1913年 イングランドのサフォーク州にある海港ローストフトにて、歯科医の父とアマチュアソプラノ歌手の母との間に生まれる。
2歳になる頃にピアノに興味をもち、7歳からピアノとヴィオラを習い始める。
5歳で歌曲、7歳でピアノ曲を作曲、9歳で最初の弦楽四重奏曲を完成させるなど、幼少から楽才をあらわす。

1928年14歳 フランク・ブリッジ(1879-1941)に作曲理論や和声法・対位法を師事。10歳の時に音楽祭で聴いたブリッジの交響組曲『海』(1911)に感銘を受け、演奏後に対面。ブリッジは彼の音楽的才能を認め、指導を買って出た。後に出世作となった『フランク・ブリッジの主題による変奏曲』(1937)はブリッジに対する感謝と敬意を表している。
1930年16歳 奨学金を得てロンドン王立音楽大学に入学。作曲をJ.アイアランド(1879–1962)に、ピアノをアーサー・ベンジャミン( 1893-1960)に師事。
大学在学中に父親が亡くなり、生計を立てるために映画音楽を手がけるようになる。
1934年20歳 卒業後、映画製作会社に勤めドキュメンタリー映画や記録映画のための伴奏音楽を作曲。
1937年23歳 弦楽合奏曲『フランク・ブリッジの主題による変奏曲』がザルツブルク音楽祭で初演され一躍国際的に有名になる。

『フランク・ブリッジの主題による変奏曲 Frank Bridge Variations』
指揮:S.ラトル(1955‐)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (2015年演奏)

この頃、詩人のオーデンとテノール歌手ピアーズ(1910-1986)に出会う。
1937年頃にはオーデンの詩による映画音楽や、詩劇の付随音楽、ラジオ用の音楽を書いている。
1939年26歳 アメリカに帰化したオーデンを追ってピアーズとアメリカへ渡り、ニューヨークで創作活動に専念。

1942年29歳 イギリスに帰国。第2次世界大戦中は従軍せず創作に没頭することを公に認められ、戦争に反対する立場から、宗教的作品を作曲。
1945年クーセヴィツキー(1874-1951)の勧めで着手されたオペラ『ピーター・グライムス』のロンドンにおける初演が、”パーセル以来の本格的なイギリス・オペラの再興”と大きな反響を呼び、20世紀最前線のオペラ作曲家と評価されるようになった。

『ピーター・グライムス』

1948年35歳 オールドバラで現代音楽祭を主宰。

戦後、『青少年のための管弦楽入門(パーセルの主題に基づく変奏曲とフーガ)』(1946)や『ビリー・バッド』(1951年)、『ねじの回転』(1954年)などオペラを次々作曲。

1956年2月43歳 ピアーズとともに来日し、NHK交響楽団を指揮して自作の演奏や、ピアーズのコンサートの伴奏をした。日本滞在中に鑑賞した能『隅田川』に感銘を受け、オペラ『カーリュー・リヴァー Op.71』(1964)を作曲。

1961年48歳 第二次世界大戦の全ての犠牲者のために『戦争レクイエム』を作曲し、1962年5月初演される。

オペラ『ベニスに死す』(1973)

『ピーター・グライムズ』や『戦争レクイエム』はじめ、ほとんどのオペラ・声楽曲は、公私ともに生涯のパートナーであるテノール歌手ピアーズの演奏を前提に書かれ、初演を担当した。

兵役を拒否したり、ピアーズとの同性愛を生涯貫くなど、社会と摩擦を起こし反抗の姿勢を示したが、音楽家としては初めての終身上院議員(貴族)となっている。

1976年12月4日63歳 オールドバラでうっ血性心不全のため死去。
オールドバラの聖ペテロ聖パウロ教会にピアーズとともに眠る。

『戦争レクイエム』
指揮:B.ブリテン
BBC交響楽団(1964年8月4日演奏)

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