12月7日1863年【P.マスカーニ】

クラシック音楽情報
音楽家の誕生日

ピエトロ・マスカーニ
Pietro Mascagni

[作曲家/イタリア]
1863年12月7日 – 1945年8月2日 81歳没
『カヴァレリア・ルスティカーナ』作曲で知られ、指揮者としても活躍した作曲家

『カヴァレリア・ルスティカーナ』より間奏曲

生涯

1863年 イタリアのリヴォルノでパン屋の家庭に生まれる。
父のすすめで法律を学んだが、音楽に強い関心を持ち、伯父を味方につけて故郷のケルビーニ音楽院で本格的に音楽を学ぶ。
1881年18歳 音楽院卒業。
1882年19歳 交響曲、オペラ、カンタータなどを作曲し、その才能を認められ、後援者の後押しでミラノ音楽院に入学。ポンキエッリ(1834-1886)に師事。
1884年21歳 中退しチェロ奏者、教師、指揮者をして働く。その後、チェリニョーラの音楽学校の教師となる。
1890年27歳 ローマの楽譜出版社ソンゾーニョの一幕歌劇コンクールにオペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ cavalleria rusticana』を応募し当選。
同年ローマで初演され、無名であった彼は一躍時代の寵児となった。
このオペラの大成功と同時に指揮者としても成功をおさめた。
1895年32歳 イタリアのペーザロのロッシーニ音楽院院長に就任。
1929年66歳 トスカニーニ(1867-1957)の後任としてミラノ・スカラ座の首席指揮者に就任。
ファシスト党政権が誕生すると、スカラ座監督の座を狙ってムッソリーニに接近。第二次世界大戦後はムッソリーニの協力者として全財産を没収され寂しい晩年を過ごした。
15曲のオペラと1曲のオペレッタ、いくつかの美しい管弦楽曲や声楽曲、歌曲、ピアノ曲を残したが、『カヴァレリア・ルスティカーナ』に匹敵する作品を生み出すことはできず、次々とオペラが大成功した5歳年長のプッチーニ(1858-1924)と絶えず比較されていた。
1945年8月2日81歳 ローマのホテルで寂しく生涯を閉じる。ローマに葬られたが、6年後の1951年に名誉が回復され、故郷のリヴォルノに再埋葬された。

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