1月5日1931年【A.ブレンデル】

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アルフレッド・ブレンデル
Alfred Brendel

[ピアニスト/オーストリア]
1931年1月5日 - 89歳
チェコ出身でクロアチアで育った、オーストリアのピアニスト。
熱狂的なファンを持ち惜しまれながら2008年に現役を引退しました。広いレパートリーを持ちますが、ショパンの作品を演奏することはほとんどありませんでした。


シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番

シューベルト:即興曲 D.899

経歴

【高松宮殿下記念世界文化賞HP】よりHP(2009年音楽部門受賞)

第一次大戦後の北モラヴィア地方(現チェコ)でホテルを経営する裕福な家庭に生まれ、6歳でピアノを習い始めた。一家で移住したオーストリア・グラーツの音楽院で学んだ後は、アカデミックな音楽教育を一切受けず、独学でレッスンに励んだ逸話はあまりにも有名だ。
「自分は決して神童ではなかった」と語る無名の青年に転機が訪れたのは1949年、18歳の時だった。ブゾーニ国際コンクールで4位に入賞し、ウィーンで本格デビュー。60年代にベートーヴェンのピアノ曲全曲を録音して脚光を浴び、国際的な名声を築いた。
レパートリーも広く、ライフワークともいえるベートーヴェンのほかハイドンシューベルトモーツァルト、シューマン、シェーンベルクらドイツ・オーストリア音楽が得意。「演奏家として最も幸福な瞬間は偉大なオーケストラと共演し、その演奏によって私たちが一つになっていると感じる時。これこそ音楽家冥利に尽きます」。なかでもベルリン・フィルの首席指揮者、サイモン・ラトルとの相性は抜群で、これまでに数々の名演奏、名録音を残した。
近年は息子でチェリストのエイドリアンと共演したベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集を発表し、大きな話題を呼んだ。
1971年に初来日。常人離れした指先の技巧から繰り出す繊細な音色は日本の聴衆を圧倒。その後も頻繁に来日し、国内に熱烈なファンを持つ。
半世紀にわたり卓越した“ピアノの名手”の座に君臨する一方、多彩な執筆活動でも知られる。音楽エッセーなど出版物の評価は高く、現代詩人としても活躍中だ。詩作のきっかけは日本へ向かう飛行機の中。「ライトが消え目をつぶった時、何の前触れもなく最初の詩が頭に浮かび、暗闇の中で書き留めたのです」。この時の作品を収録した『人差し指』(One Finger Too Many)などの詩集を刊行した。
引退後は、1971年から住むロンドン市内の邸宅で大好きな書物に囲まれ、穏やかな時間を過ごす。今後、活躍の軸足を、大学や音楽学校での後進の育成、自作の詩の朗読会などへ移す巨匠の夢は尽きない。

略歴
1931年 チェコで生まれる
1948年 グラーツで初のリサイタル
1949年 ブゾーニ国際コンクールで4位入賞
1960年代 ベートーヴェンの全ピアノ曲を録音した初のピアニストとなる
1971年 ロンドンに移る
1970年代 ベートーヴェンのピアノソナタ全曲録音(フィリップ)
1976年 『音楽的思考と説明』出版
1982-83年 ベートーヴェンの全ソナタ32曲を欧米の11都市、77リサイタルで演奏
1989年 名誉ナイト爵位
1990年 『ミュージック・サウンディッド・アウト』出版
1996年 ベートーヴェンの全ソナタの全曲録音(3回目)
1998年 ウィーン・フィルハーモーニー管弦楽団の名誉会員
1999年 ベートーヴェンの全ピアノ協奏曲5曲をサイモン・ラトル指揮で録音
2003-2004年 息子のチェリスト、エイドリアンとベートーヴェンのピアノ、チェロ全曲を演奏
2007年『アルフレート・ブレンデルと音楽』出版
2008年 12月のウィーンでの公演を最後に引退


ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ「悲愴」&「月光」&「熱情」

ベートーヴェン、シューベルトを中心とするドイツ・オーストリア音楽をレパートリーとし、新ウィーン楽派の作品も多く演奏したが、ショパンは演奏しなかった。

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