12月10日1908年【O.メシアン】

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オリヴィエ=ウジェーヌ=プロスペール=シャルル・メシアン
Olivier-Eugène-Prosper-Charles Messiaen

[作曲家/フランス]
1908年12月10日-1992年4月27日 83歳没
20世紀の最も重要な作曲家の一人。
オルガン奏者、ピアニスト、音楽教育者としても活躍し、鳥類学者、神学者としても知られています。


Olivier Messiaen Complete Edition

『トゥーランガリラ交響曲』
指揮:サイモン・ラトル(1955-)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

生涯

1908年 フランス南部のアヴィニョンで、英文学者を父に、詩人を母にして生まれる。少年時代はアルプス地方のグルノーブルで過ごした。幼少期から音と色の共感覚を持ち、独学でピアノと作曲を学んだ。
1919年11歳 パリ国立高等音楽院入学。和声科、フーガおよび対位法科、伴奏科、音楽史、M.デュプレ(1886-1971)に師事したオルガン科およびオルガン即興科、P.デュカス(1865-1935)に師事した管弦楽法、作曲科にてプルミエプリを取得。
1930年22歳 音楽院卒業。
1931年23歳 パリのトリニテ教会のオルガニストに就任。
以後オルガニストを務めながら作曲活動を行う。
1935年27歳 25歳で作曲した『キリストの昇天 l’Ascension』初演。その後アメリカでの演奏会で大成功をおさめる。1934年にはオルガン曲として編曲している。

『キリストの昇天 l’Ascension』
指揮:ヒュー・ウルフ(1053‐)
hr交響楽団

少年の頃からドビュッシーに傾倒し、20代の作品にはドビュッシーの影響が強い。その後、『移調の限られた旋法』(12半音音階と6全音音階を両極端とするさまざまな対称的旋法)『付加リズム』『逆行不可能なリズム』(前後に対称なリズム形)などの技法を創造し、その延長で『音価と強度のモード』(1949)を作曲、セリー主義を確立した。

1939年8月25日 第二次世界大戦(1939-1945)において召集されフランス軍の兵士となる。戦争が激化し、1940年6月20日にドイツ軍に捕らえられ捕虜収容所で過ごす。その間に書かれた『世の終わりのための四重奏曲』が収容所で出会った音楽家によって1941年1月15日午後6時収容所で初演される。
同年2月に収容所から解放される。

『世の終わりのための四重奏曲』1.水晶の典礼
Quatuor pour la Fin du Temps 1 Liturgie de cristal

1942年34歳 パリ国立高等音楽院和声科教授となる。音楽美学、楽曲分析科などで教鞭を取り、1966年以降は作曲科の教授となり、ブーレーズ(1925-2016)、シュトックハウゼン(1928-2007)、クセナキス( 1922-2001)、など多くの世界的音楽家を輩出した。
1944年36歳 『音楽言語の技法』出版。日本では1954年に出版された。

音楽言語の技法

ピアノ曲『幼子イエスに注ぐ20の眼差し』(1944)、2台ピアノのための『アーメンの幻影』(1944)、歌曲『ハラウィ』(1945)など、より複雑で無調性の作品が多くなる。
1949年41歳 クーセヴィツキーとその財団からの委嘱によって1948年に作曲した『トゥランガリーラ交響曲』がL.バーンスタイン(1918-1990)指揮のボストン交響楽団によって初演。現代音楽の傑作のひとつとされる。初演でピアノを担当したピアニストは後にメシアンの二人目の妻となった。

1960年52歳 「鳥の歌」などの従来の自己の語法により、その集大成として管弦楽曲『クロノクロミー』(1960)を作曲。パリ音楽院分析科をはじめ、作曲の分析の授業で用いられている。

『クロノクロミー Chronochromie』

キリスト教に基づく『我らの主イエス・キリストの変容』(1969)『かくて我死者の復活を待ち望む』(1964)、『天の都の色彩』(1963)、オルガン曲『オルガンの書』(1951)『聖霊降臨祭のミサ』(1950)『聖三位一体のための瞑想』(1969)『聖体秘跡の書』(1985)などを作曲。1960年以降の中期・後期作品では大規模な管弦楽作品が多く、調整をもつ作品も多くなった。

『鳥のカタログ』(1958)

1983年11月28日74歳 フランスの国家プロジェクトとして小澤征爾指揮によりオペラ座にてオペラ『アッシジの聖フランチェスコ』上演。台本もメシアンによるもので、彼のカトリックへの深い信仰を示す。日本では1986年小澤征爾指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団によるオラトリオ形式での部分初演が行われ、2017年にカンブルラン指揮、読売日本交響楽団による演奏会形式での全曲初演が行われた。

1971年エラスムス賞受賞、1985年京都賞など、国際的に数々の賞を受賞。

『聖体秘蹟の書 Le Livre du Saint-Sacrement』(1985)

1992年4月27日午後8時30分83歳 クリシーで亡くなる。

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