11月29日1797年【G.ドニゼッティ】

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ガエターノ・ドニゼッティ
Gaetano Donizetti

[作曲家/イタリア]
1797年11月29日-1848年4月8日 50歳没
ロッシーニ( 1792-1868)、ベッリーニ(1801-1835)、ヴェルディ(1813-1901)と共に19世紀前半のイタリアを代表するオペラ作曲家。
初期の作品は器楽曲が中心で、鍵盤楽器のための作品も多く作曲しています。


Donizetti: 6 Complete Operas

『愛の妙薬』

生涯

1797年 イタリアのベルガモで織物業を営む家庭に生まれる。
1806年9歳 サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の楽長を務めていたヨハン・ジモン・マイールの慈善音楽院(現ドニゼッティ音楽院)で学ぶ。
1815年18歳 マイールの尽力でボローニャ音楽院入学。この時期1幕ものの3つのオペラを作曲。
1817年20歳 家業の織物業を継ぐか法律家になる事を期待した父親の束縛を逃れる為に軍隊に志願し、ヴェネツィアへ赴く。
1818年21歳 軍務のかたわらに作曲したオペラ『ボルゴーニャのエンリーコ』作曲。ヴェネツィアで初演され、初めてのオペラ上演を果たす。
1822年25歳 ローマでオペラ『グラナダのゾライデ』初演が成功をおさめ、ナポリ、ミラノ、ローマ、パレルモ、ジェノヴァ等の劇場から注文が殺到し、数年後除隊し作曲生活に入り20数曲のオペラを作る。

1830年33歳 イギリス王ヘンリー8世の妃アン・ブリンの悲劇を題材としたベッリーニやヴェルディとも組んだフェリーチェ・ロマーニ(1788-1865)の優れた台本によるオペラ『アンナ・ボレーナ』のミラノ初演が空前の成功をおさめ、ロンドン、パリ、ウィーンでも上演され世界的名声を確立。

『アンナ・ボレーナ』
メトロポリタン歌劇場
アンナ・ネトレプコ(1971-)

この頃ベッリーニ(1801-1835)、は『カプレーティ家とモンテッキ家の人々』(1830年ヴェネツィア初演)『夢遊病の女』『ノルマ』(共に1831年ミラノ初演)と代表作となる作品を発表し、ドニゼッティは『愛の妙薬』(1832年ミラノ初演)、当時流行の狂乱の場をクライマックスとする『ランメルモーアのルチア』(1835)と傑作を次々発表し、ドニゼッティとベッリーニの全盛時代を迎え、ロッシーニ(1792-1868)引退後のイタリア・オペラの第一人者となった。

『愛の妙薬』
メトロポリタン歌劇場
アンナ・ネトレプコ/クヴィエチェン

『ランメルモールのルチア』(1835)
メトロポリタン歌劇場
ナタリー・デセイ(1965‐)

『ランメルモールのルチア』
ジョーン・サザーランド(1926-2010)

1837年40歳 ナポリ王立音楽院長の席を争って敗れ、翌年『ポリウト』がナポリ当局の上演禁止処分を受けた事などにより、1838年パリに移住。
1840年43歳『ポリウト』を『殉教者』と改題し、フランス語でパリで初演が成功をおさめパリ楽壇の寵児となる。
1842年45歳 『シャモニーのリンダ』が上演されたウィーンで熱狂的な歓迎を受け、宮廷楽長兼作曲家に任命される。
1843年46歳 パリでオペラ・ブッファの傑作『ドン・パスクワーレ』上演。

『ドン・バスクワーレ』(1842)
アンナ・ネトレプコ

1844年47歳 この頃から梅毒や双極性障害が原因と思われる頭痛や神経性麻痺に見舞われ、1845年に発作に襲われ、闘病生活ののち1848年故郷ベルガモにて50歳で亡くなる。

ロッシーニと同じくパリとイタリアを活動の拠点に、ベル・カントの美声を引き立たせた歌唱技巧を駆使し、劇的な舞台効果が特徴とするオペラを、まれにみる速筆で生涯で70作(1つは未完で補筆完成)も残した。
ロッシーニを受け継ぐオペラ・ブッファに『愛の妙薬』、『連隊の娘』(1840年パリ初演)、『ドン・パスクワーレ』(1843年パリ初演)などがあり、『ルクツィア・ボルジァ』(1833年ミラノ初演)や『ランメルモールのルチア』(1835年ナポリ初演)、『マリア・ストゥアルダ』(1835年ミラノ初演)など優れたオペラ・セーリアは次代のヴェルディに受け継がれた。

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