10月27日1782年【N.パガニーニ】

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ニコロ・パガニーニ
Nicolò Paganini

[ヴァイオリニスト・作曲家/イタリア]
1782年10月27日-1840年5月27日 57歳没
「悪魔に魂を売り渡した代償として手に入れた」と噂されるほどの、ヴァイオリンの超絶技巧で、リストをはじめ多くの作曲家に影響を与えました。


ヴァイオリン協奏曲第1、2番《ラ・カンパネラ》

『カプリース第24番 24 Caprices, Op. 1 No. 24』
ヴァイオリン:イリヤ・カーラー (1963- )

生涯

1782年 ジェノバに生まれ、生地およびパルマでヴァイオリンや作曲を学ぶ。
5歳の頃からヴァイオリンを弾き始め、13歳の時には既に学ぶべきものがなくなったといわれ、自作の練習曲で練習していた。
幼少時から天才ぶりを発揮し、10代なかばで北イタリア各地を演奏旅行し名声を獲得したが、1801年19歳で突然演奏活動をやめる。
その後演奏旅行を再開し、1828年のウィーン、29年のベルリン、31年のパリやロンドンにおける演奏が、センセーションを巻き起こした。

彼の超絶技巧は、S.ラフマニノフ(1873-1943)にもみられるマルファン症候群によるものという説がある。
恋愛と賭博を好み、ナポレオン1世の妹のエリーズ・ボナパルトとポーリーヌ・ボナパルトと浮名を流した。

パガニーニの演奏は同時代の作曲家たちに大きな刺激を与えた。F.シューベルト(1797-1828)はウィーンで開かれたパガニーニの演奏会へ行くために、家財道具を売り払い高いチケットを手に入れ「アダージョでは天使の声が聞こえたよ」と感激し、F.リスト(1811-1886)は20歳の時に49歳のパガニーニの演奏を聴き「ピアノのパガニーニになる」と練習に励んだといわれる。
彼の技巧や表現法が集約された『無伴奏ヴァイオリンのための24の奇想曲』のなかの旋律を、シューマン、リスト、ブラームスはピアノ曲に編曲した。ヴァイオリン協奏曲第2番の第3楽章『ラ・カンパネラ』をリストがピアノ曲に編曲した作品もよく知られる。

『ヴァイオリン協奏曲第2番』第3楽章
ヴァイオリン:庄司 紗矢香(1983‐)
指揮:ドミトリー・リス(1960‐)
P・I・チャイコフスキー記念交響楽団

1823年41歳 梅毒と診断され、水銀療法とアヘンの投与が開始された。
1828年頃結核と診断され、水銀中毒が進行して次第にヴァイオリンを弾くことができなくなり、1834年頃引退する。
1840年5月27日57歳 水銀中毒による上気管支炎、ネフローゼ症候群、慢性腎不全によりニースで亡くなる。
前述の噂が原因で埋葬を拒否され、改葬を繰り返した末1876年パルマの共同墓地に埋葬された。

使用楽器は、1743年製グァルネリ・デル・ジェス「カノン」。
パガニーニの遺言で「他人に譲渡、貸与、演奏をしない」ことを条件に故郷ジェノヴァ市に寄贈されたが、1908年に定期的な修理をかねてヴァイオリニストに貸与することを決定し遺言は守られていない。


神尾真由子:24のカプリース

彼を描いた映画「パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト」が2013年に製作された。

パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト(字幕版)

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