9月26日1877年【A.コルトー】

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アルフレッド・ドニ・コルトー
Alfred Denis Cortot

[ ピアニスト・教育者/フランス ]
1877年9月26日-1962年6月15日 84歳没
コルトーと言えばショパン弾き。決して高くない技術力で魅力的な表現力で、20世紀前半を代表する、カリスマ的ピアニストです。
ショパンの作品を校訂した楽譜は、独特な練習方法を記した『練習曲集』を始め今でも人気があります。


コンドン・コレクション II ~ コルトー

生涯

1877年 スイスのニヨンにフランス人の父とスイス人の母のもとに生まれる。
幼時パリに移る。
1896年19歳 ショパン『バラード第4番』で一等賞を受賞してパリ音楽院を卒業。
同年 ワーグナーに心酔しバイロイトに赴き、1897年までバイロイト音楽祭の助手を務めた。
1897年20歳 ピアニストとしてデビュー。

1902年25歳 指揮者デビュー。パリにおいて、ワーグナー『神々の黄昏』『ニーベルングの指環』『パルジファル』のフランス初演を指揮。
1905年28歳 ヴァイオリニストのジャック・ティボー(1880-1953)、チェリストのパブロ・カザルス(1876-1973)とカザルス三重奏団を結成。室内楽の普及に大きく貢献する。1920年代後半まで活動したが、ティボーとの仲が疎遠になり解散となった。第一次世界大戦後はピアニストとして欧米を巡演し、高く評価された。

メンデルスゾーン:ピアノ三重奏 第3楽章
カザルス三重奏団(1927年録音)

1917年40歳 パリ音楽院の教授に就任。
1919年42歳 パリ音楽院当局と教育方針をめぐり意見が対立し辞任し、オーギュスト・マンジョとともに自らの音楽教育理念に基づく学校エコールノルマル音楽院を設立して院長となり、後進の指導と育成にあたった。リパッティ(1917-1950)、ハスキル(1895-1960)、サンソン・フランソア〔1924-1970〕ら多くの逸材を輩出した。
その間も、ピアニストとして活躍を続け、世界的な名声を得る。

ラヴェル:水の戯れ(1923年録音 50歳)


コルトーのマスター・クラス

ショパン:ワルツ(1934年演奏 57歳)

呼ばれるままに世界中で演奏活動を行い、母国フランスとドイツが2度の世界大戦で戦っている間も、政治的意図なく敵国での演奏を続けた。
第二次世界大戦後、ナチスの前で何度も演奏したことから対独協力者として裁判にかけられ、しばらく音楽活動を中止。復帰後は歓迎と抗議にさらされる中、音楽学校運営のための金銭的問題もあり、80歳を超えても演奏活動を行った。

1948年71歳 著書『フランス・ピアノ音楽 全3巻』発刊。

シューマン:ピアノ協奏曲(1934年録音)
指揮:サー・ランドン・ロナルド(1873-1938)
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

ショパン、シューマンなどのロマン派と、フランクドビュッシーなどフランス近代を中心とするレパートリーを、個性的なテンポ・ルバートをおこなった演奏で名演を残している。
もともとミスタッチの多いピアニストであったが、60歳代以降は多くのミスや、忘れてしまうことも多かった。

多くの録音を残し、著作として『ショパン』『フランス・ピアノ音楽』、「コルトー版」といわれる解説や練習方法を示したショパン、シューマンなどの「学習版」の楽譜、教則本『コルトーのピアノメトード』がある。


フランス・ピアノ音楽 3

 


コルトー版 ショパン 12のエチュード Op.10


コルトーのピアノメトード アルフレッド・コルトー著/八田惇 訳・校閲

シューマン:子供の情景(1950年録音 73歳)

1952年(昭和27)9月75歳 初来日。12月上旬まで全国ツアーを行い、東京フィルハーモニー交響楽団とショパン、シューマン、サン=サーンスの協奏曲を協演し、リサイタルではショパンの作品、リスト『ソナタ』、ベートーヴェン『ピアノソナタ第14番”月光”』などを演奏した。協奏曲はオーケストラと合わない部分もあり、すでに技巧が著しく衰えていたが、録音も行い翌年発売された。


コルトー・イン・ジャパン1952

1962年6月15日85歳 亡くなる。
亡くなる直前には「会場はいっぱいかい?」と最期に呟き、右がショパンの練習曲をなぞっていたという。
葬儀に公の代表者は誰も出席しなかった。


アルフレッド・コルトー

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