9月6日1781年【A.ディアベリ】

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アントン・ディアベリ
Anton Diabelli

[作曲家/オーストリア]
1781年9月6日 – 1858年4月7日 76歳没
ピアノ作品の古典派のレパートリーとして需要な作曲家で、出版業者としても重要な役割を果たしました。

 

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生涯

1817年に友人とともに出版社を設立。作曲家としては多数のピアノやギターの小品、歌曲やオペラも手がけた。

1781年 ザルツブルクの北約20kmにあるマットゼーで生まれる。少年時代はザルツブルクの聖歌隊に所属し、「交響曲の父」と呼ばれるフランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)の5歳下の弟ヒャエル・ハイドン( 1737-1806)に師事。
1800年19歳 バイエルンのライテンハスラッハ修道院で僧職に就く。
1803年22歳 僧職を辞してウィーンへ向かい、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンに師事。ピアノやギターの教師として生計を立てるようになる。

『ソナタ ヘ長調』
ギター:マルシン・ディラ(1976‐)

1817年36歳 友人ピエトロ・カッピと共に出版社を」設立。家庭での音楽演奏のための楽譜を出版して成功する。

1819年38歳 自ら作ったワルツの主題を当時の人気作曲家50人に変奏曲を依頼。シューベルト(1797-1828)はピアノ変奏曲『D.718』、11歳のリストは処女作の変奏曲『作品番号S.147』、ツェルニー(1791-1857)は変奏曲の最終楽章(コーダ)を作曲した。

ベートーヴェン(1770-1827)も変奏を依頼されたものの、ディアベリの主題が気に入らないと放置。しかし、1822年になって、主題と33の変奏、演奏時間50分という自身の作品でももっとも長い曲『ディアベリ変奏曲Op.120』を作曲し、1824年に単独での出版となった。


ベートーヴェン: ディアベリの主題による変奏曲 Op.120/ヘンレ社/原典版


ベートーヴェン:「ディアベッリ」変奏曲、ウェーバー:舞踏への勧誘 (アルトゥール・シュナーベルの芸術 Vol.9)

1824年43歳 カッピとの出版社を「ディアベリ商会」として運営。ベートーヴェンシューベルトツェルニーらの作品を出版した。

『ソナチネ Op.151-1』ina op. 151, No. 1 in G major


13. ディアベリ: ソナチネ 作品151, 第1番 ト長調: III. Rondo; Allegretto


ディアベルリ ピアノ連弾曲集(1) 旋律的小品 解説付

1857年4月7日 ウィーンで亡くなる。

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