5月15日1567年【C.モンテヴェルディ】

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クラウディオ・ジョヴァンニ・アントニオ・モンテヴェルディ
Claudio Giovanni Antonio Monteverdi

[作曲家/イタリア]
1567年5月15日洗礼 – 1643年11月29日 76歳没
J. S. バッハ(1685-1750)誕生よりよりさかのぼること約1世紀のイタリア、ルネサンス音楽とバロック音楽の二つの時代の境目に活躍した作曲家、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。
宮廷や寺院の要職に就き、生前から高い人気を誇っていました。
バロック音楽のさきがけであり、オペラ『オルフェオ』は現在でも頻繁に上演されています。この時代にしては長生きですね。

ヴィオラ・ダ・ガンバってこんな楽器

生涯

1567年 北イタリアのクレモナに生まれる。
幼少期にはクレモナ大聖堂の楽長の元で学ぶ。
1587年20歳 世俗マドリガーレの最初の曲集を出版。
1590年23歳 マントヴァのヴィンチェンツォ1世・ゴンザーガの宮廷にて歌手およびヴィオラ・ダ・ガンバ奏者として仕えはじめる。
1602年35歳 宮廷楽長に就く。

1605年38歳 『マドリガーレ曲集第5巻』出版。16世紀的な従来の厳格対位法、ポリフォニーの理想とする各声部が対等なものに対し、モンテヴェルディは自由な対位法を用い、声部の中でソプラノとバスに重点を置いた感情の起伏を表現する新しい様式で作曲した。アルトゥージ(1540年ごろ-1613)はこれを批判し二人の論争となった。
その後、40歳まで『マドリガーレ曲集第9巻』まで書かれ(『マドリガーレ曲集第9巻』は没後の1651年に出版)、ルネサンスのポリフォニー音楽からバロック音楽のモノディ様式への変遷を示し、後に大きな影響を与える。

『マドリガーレ曲集 第5巻』より
演奏:レザール・フロリサン

1607年40歳 謝肉祭の祝祭としてマントヴァ公の命を受けて作曲した最初のオペラ作品『オルフェオ L’Orfeo』をマントヴァで初演。
作曲家が各声部への楽器指定をした最初の作品と考えられており、初演時の楽器指定が今日にまで伝わっている最初期の大規模作品の一つ。「音楽による劇dramma per musica」という新しい音楽様式を作り、近代オペラの出発点とされる。

『オルフェオ』

1610年43歳 『聖母マリアの夕べの祈り Vespro della Beata Vergine』作曲。

『聖母マリアの夕べの祈り』


聖母マリアの夕べの祈り ガーディナー&EBS、モンテヴェルディ合唱団

1613年46歳 ヴェネツィアのサン・マルコ寺院の楽長に就任。衰退していた合唱隊、器楽隊を建て直した。
以来亡くなるまで30年に渡りヴェネツィアで活発な音楽活動を行う。

1638年71歳 マドリガーレ様式の傑作とされる『戦いと愛のマドリガーレ Madrigali dei guerrieri ed amorosi』を含む『マドリガーレ曲集第8巻』出版。

『戦いと愛のマドリガーレ』

1632年65歳 カトリック教会の司祭に任命される。
1642年75歳 晩年、病に伏すことが多い中、最高傑作とされるオペラ『ポッペアの戴冠 L’incoronazione di Poppea』初演。

『ポッペアの戴冠』”Pur ti miro, Pur ti godo”


歌劇《ポッペーアの戴冠》指揮:アーノンクール/演出:ジャン=ピエール・ポネル [DVD]

晩年までヴェネツィアで非常に大きな音楽的影響力をもち、門下からは多くのオペラ作曲家が輩出している。
H.シュッツ(1585-1672)は1628年の二度目のヴェネツィア訪問の後、モンテヴェルディから学んだ新しい様式をドイツへ持ち帰り、ドイツ語の音楽へ応用した。

1643年11年29日76歳 ヴェネツィアで亡くなる。サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂に眠る。


モンテヴェルディ偏愛主義

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