3月14日1804年【J.シュトラウスⅠ】

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ヨハン・シュトラウス1世
Johann Strauss I

[作曲家/オーストリア]
1804年3月14日 – 1849年9月25日 45歳没
『ラデツキー行進曲』やワルツ『ローレライ=ラインの調べ』などで知られる。
生前は「ワルツ王」と呼ばれたが、長男ヨハン・シュトラウス2世にその名は継承され「ワルツの父」と呼ばれるようになった。
次男ヨーゼフ・シュトラウスや四男エドゥアルト・シュトラウス1世も音楽家になり、さらにはその子孫からも音楽家を輩出した音楽一家の祖。

『ラデツキー行進曲』

生涯

1804年 ウィーンのレオポルトシュタットに居酒屋を営み家庭に生まれる。
1808年4歳 居酒屋が倒産し、母が過労により病死し、父は借金苦からドナウ川に投身自殺をし孤児となる。親戚に引き取られ、製本屋に丁稚奉公をする。
ある日、奉公先を飛び出し、近所に住むポリシャンスキーからヴァイオリンの手ほどきを受け、流しの楽士となった。
1819年15歳 パーマー楽団に入団、3歳年上の楽団員ランナーと仲良くなり、ともに下宿生活をするようになる。
パーマー楽団から独立したランナーの楽団に入る。パーマーの楽曲を使えなくなったことから新曲を作曲する必要から、ランナー共々音楽理論を勉強する。
やがてパーマー楽団を超える絶大な人気を獲得し、楽団を2分割し片方をシュトラウスに任せるようになると、ランナーよりシュトラウスの楽団の人気が高まる。
1825年21歳 ヨハンが誕生したことからアンナと結婚。ランナーに昇給を願い出るが拒否される。
1827年23歳 次男ヨーゼフ誕生。
1828年24歳 ランナーと喧嘩し、自身で楽団を組織し独立。
1829年25歳 ワルシャワからやって来たショパンは最初の自作ワルツ『華麗なる大円舞曲』をウィーンで出版することを望んでいたが、シュトラウスとランナーのウィーンでの絶対的な人気により、断念したという。
1829年25歳 シュペールの音楽監督に就任。
1831年27歳 ランナーと仲直りする。
1835年31歳 四男エドゥアルト誕生。
1838年34歳 ヨーロッパ中の大都市に演奏旅行をするようになり、ヴィクトリア女王の戴冠式に合わせたイギリス演奏旅行では、衰退していたイギリスでワルツの人気を高め、西ヨーロッパ中でワルツの人気が高まった。
1843年39歳 ライバルだったランナーが世を去り、主な舞踏会やコンサートをヨハンが独占するようになり、「ワルツ王」と呼ばれるようになる。

『ローレライ=ラインの調べ Op.154 Loreley-Rhein-Klänge』
指揮:ズービン・メータ(1936‐)
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1999年5月演奏)

1844年40歳 長男ヨハンが19歳で音楽界へデビュー。この時、ヨハンがウィーンのコンサート会場を使えないよう圧力をかけ、配下の楽団員に息子に味方することを固く禁じ、新聞記者を買収し息子の中傷記事を書かせようとするなど、我が子の音楽界への進出を妨害した。この年、アンナと離婚。
1846年42歳 宮廷舞踏会音楽監督に就任。
1847年43歳 シュトラウス親子は、同じオペラに基づく楽曲3曲をそれぞれ作曲した。「カドリーユ対決」と呼ばれる。
1848年44歳 三月革命(1848-49)が勃発し、宮廷舞踏会での役職を持つ身でありながら革命側に加担し、『自由行進曲』『学生連隊行進曲』などを相次いで発表した。
革命運動はしだいに推進主体が市民から労働者(プロレタリアート)へと変わっていき、君主制の打倒を目指し過激になったため、離反する。そしてオーストリア帝国の英雄ヨーゼフ・ラデツキー将軍を讃える『ラデツキー行進曲』を作曲。革命派からは裏切り者呼ばわりされるが、ウィーンを革命から救ったと言われるようになった。
1849年45歳 革命の影響でウィーンでは儲けが少なくなったため、10年ぶりにイギリスへ演奏旅行をする。
同年9月25日、イギリスから帰国後、愛人エミーリエ・トランプッシュのもとに戻り猩紅熱に罹患したエミーリエとの子供のひとりから感染し、そのまま亡くなる。

同年9月27日 シュテファン大聖堂で聖別式を行われ、葬列には10万人ものウィーン市民が参列したという。彼の棺は「デブリング墓地」にあるランナーの墓のそばに埋葬され、のちにヨハン1世とランナー揃ってウィーン中央墓地に改葬され、元のように隣同士で眠っている。この墓を囲んで息子たち3人が眠る。

シュトラウス楽団はヨハン2世が継承し、宮廷舞踏会音楽監督の役職はフィリップ・ファールバッハ1世が引き継いだが、やがて1863年にヨハン2世が、さらにその後を1872年に4男のエドゥアルトが引き継いだ。


ラデツキー行進曲~シュトラウス:ポルカ&マーチ集

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