2月17日1653年【A.コレルリ】

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アルカンジェロ・コレルリ
Arcangelo Corelli

[作曲家・ヴァイオリニスト/イタリア]
1653年2月17日 – 1713年1月8日 59歳没
ヴァイオリニストの巨匠として活躍し、合奏協奏曲、トリオソナタ、ヴァイオリンソナタを作曲し、ヴィヴァルディやバッハに多大な影響を与えた、中期バロック時代を代表する作曲家

アルカンジェロ・コレッリ

合奏協奏曲集 Op.6 No.8『クリスマス協奏曲』(1712)
指揮:ホルスト・ゾーム
コペルニクス室内管弦楽団(2013年12月演奏)

生涯

1653年 フジニャーノ(現在のラヴェンナ県内)に生まれる。前半生については全く知られていない。一族から僧侶、法律家、医学者、詩人など輩出している。
1666年13歳 当時イタリアの音楽発展の拠点のひとつであったボローニャでヴァイオリンを学ぶ。
1670年17歳 同地のアカデミア・フィラルモニカに正会員となる。アカデミアへの入会は原則20歳以上で、10代で特例として入会が認められたのはコレルリと、100年後のモーツァルトのみである。
19歳のときにパリで得たもので、これによって彼はヨーロッパでの評判を得た。
1675年22歳 ローマへ出て、サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会のヴァイオリン奏者に就く。
以後ローマを中心に作曲家、ヴァイオリン奏者として名声を高める。枢機卿ベネデット・パンフィーリや同時期にローマに滞在していたスウェーデンのクリスティーナ女王の後援を受け、若くして安定した生活を送ることができた。
1681年28歳 バイエルン選帝侯のもとで勤める。
この時期、トリオ・ソナタなど代表作の多くを作曲している。

1687年クリスティーナ女王が亡くなり、1690年にはパンフィーリ枢機卿もボローニャに移り、有力な後援者を失うが、パンフィーリ枢機卿の後任である芸術家、特に音楽家のパトロンとして有名なピエトロ・オットボーニ枢機卿の元で主席ヴァイオリン奏者兼楽長として仕えるようになる。

古風な対位法の厳格な規則から自由な作風で、旋律と通奏低音の美しい流れが特徴的。
48曲のトリオ・ソナタと、ヴァイオリンと通奏低音のための12曲のソナタ、12の合奏協奏曲が良く知られ、中でも『ヴァイオリンとヴィオローネ、チェンバロのためのトリオソナタ Op.5』(1700)、『クリスマス協奏曲 Op.6-8』はよく演奏される。

ヴァイオリンソナタ No.2 ‘La Folia’


ラ・フォリア~コレッリ:ヴァイオリン・ソナタ作品5(全曲)

1710年57歳 この頃、第一線を退き作品6の合奏協奏曲集の出版作業に取りかかる。
1713年1月8日59歳 合奏協奏曲集作品6の出版(1714年)を見届けることなく亡くなり、ローマのパンテオンに埋葬された。

贅沢な生活をしており、亡くなった時には大金である12万マルク、ブリューゲルやプーサンなど貴重な絵画のコレクション(136枚)とチェンバロ1、バイオリン2、チェロ1、コントラバス1が遺され、後援者、召使、友人に遺産を譲った。しかし友人はその財産をコレルリ親族に返還した。

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