2月2日1901年【Y.ハイフェッツ】

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ヤッシャ・ハイフェッツ
Ио́сиф  Ру́вимович Хе́йфец
Yasha Ruvimovich Heifetz
Jascha Heifetzas

[ヴァイオリニスト / ロシア ]
1901年2月2日 – 1987年12月10日 86歳没
20世紀を代表するヴァイオリニストで「ヴァイオリニストの王」と称されていました。
ジム・ホイル(Jim Hoyle)名義で作曲活動も行っています。


シャコンヌ~ハイフェッツ・オン・TV

J.S.バッハ:無伴奏パルティータ 第2番 BWV1004「シャコンヌ」
ヴァイオリン:ハイフェッツ(1970年演奏69歳)

生涯

1901年2月2日 ロシア帝国領ヴィリナ (現リトアニア領ヴィリニュス) にユダヤ人として生まれる。
1904年3歳 ヴァイオリンを父から習い始める。すぐさま楽才をあらわし、4歳からヴィルナ帝室音楽学校でイリア・マルキンに学ぶ。
1908年7歳 F.メンデルスゾーン『ヴァイオリン協奏曲』を演奏し、デビュー。神童と呼ばれる。
1910年9歳 サンクトペテルブルク音楽院入学。
1913年12歳 A.ニキシュ(1855-1922)に招かれベルリンデビューを果たし、同年ニキシュ指揮でベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と共演。
この時の演奏を聴いたF.クライスラー(1875-1962)は、「私の究極の到達点をスタートラインにして、無限に記録を伸ばした天才」と語ったという。余談だが、クライスラーとは誕生日が同じである。
1917年10月27日16歳 カーネギー・ホールでアメリカデビューし、大絶賛を受ける。11月9日には初のレコーディングを行い、渡米した1年でニューヨークだけで30回のステージを踏んだ。
同年ロシア革命が勃発し、それを避け家族と共にアメリカに在住。
10代のうちにヨーロッパの大部分で演奏活動を行い、以後レコーディング、映画出演、テレビの特別番組など活発に演奏活動を行う。
1920年19歳 ロンドン、パリにデビュー。
1921年20歳 オーストラリアデビュー。
1923年22歳 初来日して、関東大震災救援基金を含む演奏会を行う。以後、1931年、1954年にも来日公演を行った。
1925年24歳 アメリカの市民権を得る。

1934年33歳、革命後17年ぶりにロシアに帰国し、13回の演奏会を行う。
1939年38歳 映画『They shall have Music』に出演。
第2次世界大戦中は、イタリアや北アフリカ前線など、米軍兵士のための慰問演奏を行う。
1947年46歳 アメリカ・デビュー30周年の記念コンサートの後、20ヶ月にわたって休養。

同年、出演した映画『カーネギーホール』が公開される。(日本では1952年公開)

P.チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲(映画『カーネギーホール』より)

極度の完璧主義と、アスペルガー症候群と思われる潔癖性癖の持ち主だった。現在では、高度な精神活動を営む高知能者ギフテッドであったとされる。

F.メンデルスゾーン:三重奏曲 第1番 Op.49 (1950年演奏)
ヴァイオリン:ハイフェッツ(49歳)
チェロ:G.ピアティゴルスキー(1903-1976 47歳)
ピアノ:A.ルービンシュタイン(1887-1982 63歳)

1958年57歳 南カリフォルニア大学で客員教授に就く。
1961年60歳 南カリフォルニア大学教授に就任。
この頃から、徐々に演奏の回数を減らしてゆく。
1970年69歳 パリでTV映画「ハイフェッツ・オン・TV」を収録。
1972年71歳 世界中を演奏旅行し、多数の録音を行う演奏活動を長く続け、公のステージとしては最後のリサイタルを開く。

1987年12月10日86歳 ロサンゼルスにて亡くなる。

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