1月18日1835年【C.キュイ】

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ツェーザリ・アントーノヴィチ・キュイ
Це́зарь Анто́нович Кюи́
César Cui

[作曲家・音楽評論家/ロシア]
1835年1月18日 -1918年3月26日 83歳没
音楽評論家・軍人で、ロシア五人組の一人。
軍人としても著名で、作曲家、音楽評論家として活躍しました。

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『管弦楽組曲”アルジャントーにて』(1887年)

【ロシア5人組】
バラキレフを中心に19世紀後半のロシアで民族主義的な芸術音楽の創造を志向した作曲家集団。
ミリイ・バラキレフ(1837-1910)
ツェーザリ・キュイ(1835-1918)
モデスト・ムソルグスキー(1839-1881)
アレクサンドル・ボロディン(1833-1887)
ニコライ・リムスキー=コルサコフ(1844-1908)

生涯

1835年 ロシア帝国ヴィリニュス(現リトアニア首都)にフランス出身の父と地元出身の母のもと、5人兄弟の末子として生まれる。
フランス語、ロシア語、ポーランド語、リトアニア語を習得し、少年期にはピアノや和声学、対位法のレッスンを受けた。14歳で最初の作曲を始めた。
1850年15歳 工科学校受験準備のためサンクトペテルブルクに上京。
1851年16歳 ペテルブルグ工科学校入学、1855年からは軍事技術アカデミーで築城学を学ぶ。
1856年21歳 バラキレフ(1837-1910)と出会い、リムスキー=コルサコフ(1844-1908)らとともにロシア音楽界で活動する。
1857年 軍役に就く。
1859年12月14日 アントン・ ルービンシュタイン指揮により、管弦楽曲『スケルツォ作品1』が初演され、作曲家としてデビュー。
堡塁建築の専門家として、ペテルブルクの3つの陸軍士官学校で教授に就き、1906年には将官となった。
1896-1904年 ロシア音楽協会ペテルブルク支部の支部長に就く。

F.リスト(1811- 1886)は、キュイ作品を高く評価し、キュイの管弦楽曲『タランテラ Op.12』は、リストの最後のピアノ用編曲の原曲となった。キュイは著作『ロシアの音楽 』『ピアノ組曲 OP.21』をリストに献呈している。

『タランテラ Op.12』(1858年)

主要な作品は『マンダリーナの息子』(1878年初演)、『カフカスの捕虜』(1883年)などのオペラ、『ながぐつをはいた猫』などの子供オペラ、ピアノ小品、ヴァイオリンとピアノのための小品集、歌曲等がある。
音楽評論家として自分の仲間以外の音楽を否定したため、人望はなかったようである。

『オリエンタル Op.50-9』(1893年)

諸外国の音楽団体から名誉会員に選ばれ、フランス学士院通信員、ベルギー王立文芸アカデミーの会員に選出され、レジオン・ドヌール勲章も授与されている。
1916年81歳 失明するが、口述で作曲を続ける。
1918年3月13日83歳 脳卒中により亡くなる。

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