1月6日1872年【A.スクリャービン】

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アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービン
Alexandre Scriabine

[ 作曲家 / ロシア ]
1872年1月6日-1915年4月27日 43歳没
ショパンの影響を受けたピアノ曲から出発し、神秘主義思想に基づく「神秘和音」を創始しました。
モスクワ音楽院で同級生だったラフマニノフがロマン派の作風であることと対照的に、20世紀の先駆的作曲家。


スクリャービン:ピアノ・ソナタ全集

『プロメテウス – 火の詩 Op.60』(1910年)
指揮:クラディオ・アバド(1933-2014)
ピアノ:マルタ・アルゲリッチ(1941‐)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

生涯

1872年 帝政末期のモスクワに、貴族の家系である外交官の父と、ピアニストの母のもとに生まれる。1歳の時に母が病死したため、父方のおばに育てられる。
幼児期からピアノを始める。自ら望んで陸軍兵学校に進むが、小柄で虚弱体質であり、音楽の才能をあらわしていたことから特別に14歳からモスクワ音楽院への通学が認められた。
1888年16歳 モスクワ音楽院ピアノ科に正式に入学。同級生にラフマニノフ(1873-1943)がいた。ピアノ卒業試験では、1位ラフマニノフ、2位スクリャービンだった。
1892年20歳 音楽院卒業と同時にコンサート・ピアニストとして活動。
1894年22歳 ベリャーエフがパトロンとなり、ベリャーエフ出版から作品が発表される。

練習曲Op.8-12(1895年)
ピアノ:ホロヴィッツ(1903-1989)

1898-1903年 モスクワ音楽院でピアノを教える。この時期に管弦楽曲(交響曲第1~3番)を集中的に作曲。
1902年頃から哲学や神秘思想に傾倒し、ブラヴァツキーの神智学の教理を取り入れた思想をもつようになる。ショパンの影響を受けた初期の作品から、より独創的な作品を発表。
1904年32歳 スイスやブリュッセルなどに拠点を移す。
1905年33歳 アルトゥール・ニキシュ(1855-1922)の指揮で『神聖な詩』初演。
1906年34歳 アメリカ合衆国に渡り各地で演奏会を開く。
1908年36歳 クーセヴィツキーから5000ルーブルの年金を獲得。同年ブリュッセルに移り、ベルギー象徴派の芸術家と親しく交わり、神智学協会に入会。神秘主義への傾倒を強め、作品も無調・神秘主義的になる。

『法悦の詩 Op.54』(1908年)
指揮:プレトニョフ
ロシアナショナル管弦楽団


法悦の詩*交響曲第4番ハ長調

1910年38歳 ロシアへ帰国。
1911年39歳 クーセヴィツキーと断絶し、交友関係はロシア象徴派詩人に限られるようになる。同年、後期の代表作品で最後の管弦楽曲『プロメテウス』初演。この作品は「プロメテウス和音」または「神秘和音」と呼ばれる 4度の積み重ねでできた和音から成り、また、打鍵により光を放射する「色光ピアノ」を導入し、彼の目指す諸芸術の統合を目指している。

長年にわたり、あらゆる分野の芸術や自然を取り入れ、音・光・香・舞踏と宗教を総合する【ミクスト・メディア】手法で、芸術の魔術的な力により人々を恍惚状態に誘い、その魂を救済し、宇宙の進化を促すことを意図した「ミステリア(神秘劇)」の構想を温めていた。
1913年頃から、その予備的な作品『序儀』に着手したが、唇の腫瘍が元で敗血症を併発。「神秘劇」は未完のまま1915年4月27日43歳モスクワで急逝した。

ピアノソナタ 第10番 Op.70(1913年)
ピアノ:ユジャ・ワン(1987-)

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