11月25日1856年【S.タネ―エフ】

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セルゲイ・イヴァノヴィチ・タネーエフ
Сергей Иванович Танеев
Sergei Ivanovich Taneyev

[作曲家・ピアニスト・教育者/ロシア]
1856年11月25日-1915年6月19日 58歳没

P.チャイコフスキー(1840-1893)の弟子で、モスクワ音楽院の教授、院長を務め、A.スクリャービン(1872-1915)、S.ラフマニノフ(1873-1943)、A.グラズノフ(1865-1936)、S.プロコフィエフ(1891-1953)などを指導しました。


S.I.タネーエフ:ピアノ協奏曲

生涯

1856年 ロシア帝国ヴラディーミルに生まれる。
5歳からピアノを習い始める。
1865年9歳 一家でモスクワに移住し、モスクワ音楽院でピアノをニコライ・ルビンシテイン(1835-1881)、作曲と楽器法をP.チャイコフスキー(1840-1893)、ほかに音楽形式とフーガなどを学ぶ。
1875年19歳 金メダルを得て卒業。
卒業後はレオポルト・アウアーとデュオを組んで演奏旅行を行うなどピアニスト、作曲家として活躍。
同年11月 チャイコフスキー『ピアノ協奏曲第1番』モスクワ初演でピアノを演奏。
1878年22歳 モスクワ音楽院の和声および楽器法の教授に就く。
1881年25歳 ニコライ・ルビンシテインが亡くなり、後任としてピアノ科教授に就く。
1882年5月22日25歳 チャイコフスキー『ピアノ協奏曲第2番』の世界初演でピアノを演奏。
1885年29歳 モスクワ音楽院の院長に就き4年間つとめる。
その間、A.スクリャービン(1872-1915)、S.ラフマニノフ(1873-1943)、A.グラズノフ(1865-1936)、S.プロコフィエフ(1891-1953)、N.メトネル(1880-1951)など輩出した。

4曲の交響曲、弦楽四重奏曲などの室内楽曲、オペラ、合唱曲、ピアノ曲など多数の作品を残した。対位法の理論家としても知られる彼の作品は、対位法を駆使し「ドイツ的」と称されることが多く、タネ―エフ自身はブラームスを嫌悪していたが「ロシアのブラームス」と呼ばれる。

『前奏曲とフーガ Op.29 』
ピアノ:L.ジルベルシュテイン(1965 – )

1892年36歳 A.アレンスキー『2台のピアノによる組曲第2番 Op.23』をP.パプスト(1854-1897)と共に録音。

A.アレンスキー『2台のピアノによる組曲第2番 Op.23』第3曲
ピアノ:S.タネ―エフ、P.パプスト

1915年6月19日58歳 弟子であったスクリャービン(1872-1915)の葬儀に出席した際、薄着で棺を担いだのが元で風邪を引き、心臓病を併発してモスクワ近郊のデューティコヴォ村で亡くなる。

『交響曲 第4番』

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