8月26日1923年【W.サヴァリッシュ】

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ヴォルフガング・サヴァリッシュ
Wolfgang Sawallisch

[ 指揮者・ピアニスト / ドイツ ]
1923年8月26日 – 2013年2月22日 89歳没
20世紀後半のドイツ、オーストリア楽壇を代表する指揮者の一人。
優れたピアニストとしても活躍。古典派・ロマン派から近代までのドイツ音楽の正統派の音楽を得意とし、1960年代後半からNHK交響楽団を数多く指揮し、現在の高みに導いた。

生涯

幼少期からピアノ、音楽理論、作曲を学び、指揮をハンス・ロスバウトに師事する。
第二次世界大戦(1939-1945)で通信兵として徴兵された。
1947年24歳 アウクスブルク市立歌劇場にてフンパーディンク作曲のオペラ『ヘンゼルとグレーテル』でデビュー。この指揮が高く評価され、第一指揮者に抜擢される。またピアニストとしても、主にリートの伴奏者として活動を開始。
1949年26歳 ピアノ奏者としてヴァイオリニストのゲルハルト・ザイツと共演し、ジュネーヴ国際音楽コンクールの二重奏部門で1位なしの2位。以後、指揮者とピアニスト(主にリートの伴奏者)としての活動を並立させる。

1953年アーヘン、1958年ヴィースバーデン、1960年ケルン、それぞれの市立歌劇場の音楽総監督に就任。
1957年 当時史上最年少の33歳でバイロイト音楽祭の指揮者を務めた。(1960年、ロリン・マゼールが30歳で初出演)同年フィルハーモニア管弦楽団の指揮でロンドン・デビュー。

これらの成功で、カラヤンがウィーン国立歌劇場に、ルドルフ・ビングは当時支配人であったメトロポリタン歌劇場に推薦したが、サヴァリッシュは、経験不足を理由にいずれも断った。プライドの高い2人はこれに憤慨し、カラヤンはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に招くことなく、メトロポリタン歌劇場でも招聘されることはなかった。

1964年11月 NHK交響楽団の招聘で初来日以来、ほぼ毎年のように来日し、1967年名誉指揮者となる。
初来日した際、東京の暴走タクシーに唖然とし、食文化の違い馴染まずしばらく絶食の状態が続いた。この時、園田高弘(1928-2004)が力になり、その後も長く親交が続いた。

1971年48歳 バイエルン国立歌劇場音楽監督に就任。
日本において、N響以外にバイエルン国立歌劇場(1974、1988、1992。1974年はカルロス・クライバーらが同行)やフィラデルフィア管弦楽団(1993、1999)などで指揮をした。

1992年 愛知県芸術劇場の杮落とし公演のバイエルン国立歌劇場来日公演『影のない女』は、音楽監督サヴァリッシュの強い希望でプログラムに入れられ、演出は「日本人の優れた演出家を」という要望により、市川猿之助(2代目市川猿翁)が東洋的な舞台を作った。
1992年11月69歳 バイエルン国立歌劇場の来日公演の一環として、東京芸術劇場でディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(1925-2012)のリサイタルが行われ、ピアノはサヴァリッシュという夢の共演が実現。1992年に引退したフィッシャー=ディースカウの最後の来日公演となった。

「シューベルト・ライヴ・イン東京」
1992年11月16日、24日 東京芸術劇場ライブ

TBRCD0052 シューベルト・ライヴ・イン東京1992 フィッシャー=ディースカウ+サヴァリッシュ

1993年70歳 バイエルンのポストを退任後、リッカルド・ムーティの後任としてフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督に就任。大きな話題となった。
1994年2月11日 フィラデルフィアが大雪に見舞われ、オーケストラ団員が会場に来られなくなった時、オーケストラ・パートをフルスコアを見ながら即興でピアノで弾き、ゲストらと共演した。徒歩で来られる全ての市民に無料で門を開くことを経営陣に提案し、大成功を収めた。このエピソードはフィラデルフィア管弦楽団の伝説的なコンサートの一つとして今でも語り継がれている。

ベルリオーズ:ローマの謝肉祭
フィラデルフィア管弦楽団 1993年ライブ

1994年71歳 NHK交響楽団の桂冠名誉指揮者となる。

N響の節目節目の演奏会には必ず登場し、1970年のベートーヴェン生誕200年チクルス、1973年NHKホールこけら落し公演、1986年10月1日N響第1000回定期公演、1986年サントリーホールこけら落し公演(ベートーヴェン『交響曲第9番』)2001年の創立75周年記念公演(ともにメンデルスゾーンのオラトリオ『エリヤ』)などに出演し、実質的な常任指揮者の役割を担った。

N響85周年記念シリーズ:ブラームス:交響曲全集

2004年81歳 老齢のため椅子に座って指揮を行った。
2005年に予定されていた公演は体調が思わしくなく出演をキャンセルしており、結果的に2004年度の出演がN響との最後の共演となった(ベートーヴェンの交響曲第7番、他)。

2003年 フィラデルフィアのポスト退任。以後、フリーの指揮者として活動。
2006年3月82歳 5月以降に予定していたフィラデルフィアやローマなどでのコンサートを心臓病の悪化を理由にキャンセルし、現役からの引退を事実上表明。
2013年2月22日 バイエルン州グラッサウの自宅で死去。享年89歳。自宅近くに眠る。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
ベートーヴェン:交響曲全曲

ベートーヴェン:交響曲全集(5枚組)

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