8月25日1918年【L.バーンスタイン】

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レナード・バーンスタイン
Leonard Bernstein

[ 作曲家・指揮者・ピアニスト / アメリカ  ]
1918年8月25日-1990年10月14日 72歳没
クラシック音楽の作曲、指揮活動だけでなく、『ウエストサイドストーリー』など映画音楽作曲やテレビ番組司会など多方面で活躍し、絶大な人気を得ていたスター音楽家。


バーンスタイン わが音楽的人生

生涯

1918年8月25日 アメリカ合衆国マサチューセッツ州ローレンスに敬虔なユダヤ教徒であるウクライナ系ユダヤ人移民の父のもと生まれる。
1928年10歳 初めてピアノ・レッスンを受ける。ボストン・ラテン・スクール入学。
1931年13歳 ニュー・イングランド音楽院でピアノを学ぶ。
1939年21歳 ハーバード大学卒業。続いてカーティス音楽院で、ピアノ、指揮、作曲を学ぶ。理髪店を経営した父親の強い反対を押し切って、プロの音楽家の道へ進む。
1940年22歳 タングルウッド音楽祭でS.クーセヴィツキー(1874-1951)に師事。
1943年25歳 ニューヨーク・フィルの副指揮者に任命。
11月14日 ブルーノ・ワルター(1876-1962)の代役でニューヨーク・フィルを指揮。大成功をおさめる。
1944年26歳 自作の『交響曲第1番 エレミア』、バレエ『ファンシー・フリー』、ミュージカル『オン・ザ・タウン』初演。
1945年27歳 ニューヨーク・シティ交響楽団の音楽監督に就任。
1946年28歳 プラハの国際音楽祭でチェコ・フィルを指揮し、ヨーロッパ・デビュー。
1951年33歳 チリ出身の女優、フェリシア・モンテアレグレと結婚。3児をもうけ、妻を深く愛していたが、一方で自らの同性愛傾向もカミングアウトしている。
1953年35歳 ミュージカル『ワンダフル・タウン』初演。アメリカ出身の指揮者として初めてミラノ・スカラ座に立ち、マリア・カラス( 1923-1977)主演のケルビーニ『メデア』を指揮。
1954年36歳 音楽を担当したマーロン・ブランド主演の映画「波止場」公開。CBSテレビで「オムニバス」の放映を開始。
1956年38歳 『キャンディード』初演。

『キャンディード』序曲

1957年39歳 『ウエスト・サイド・ストーリー』初演。 ミトロプーロス(1896-1960)とともにニューヨーク・フィルの共同首席指揮者に就任。

1958年1月39歳 「音楽って何?」で「ヤング・ピープルズ・コンサート」のテレビ中継を開始。アメリカ生まれの指揮者として史上初めてニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に就任。同フィルの黄金時代をもたらした。
1960年42歳 マーラーの生誕100年に際し、マーラー・フェスティヴァルを開催。
1961年  ケネディ大統領(1917-1963)の就任式で『ファンファーレ』初演。

1964年46歳 ヴェルディ『ファルスタッフ』でメトロポリタン歌劇場デビュー。 その後1年の休暇をとる。
1966年48歳 『ファルスタッフ』でウィーン国立歌劇場デビュー。
1969年51歳 二ューヨーク・フィル音楽監督を退任、桂冠指揮者となる。以後、常任指揮者など特定のポストには就かず、世界一の客演指揮者として活躍。アメリカ国内で活動していた指揮者の多くは移住者であり、アメリカで生まれ育ったバーンスタインはアメリカ・クラシック音楽界でカリスマ性をもったスターとなる。
1973年55歳 ハーバード大学での「エリオット・ノートン講座」第1回。

『ラプソディ―・イン・ブルー』
指揮・ピアノ:バーンスタイン
ニューヨークフィルハーモニー管弦楽団1976年演奏

1978年60歳 妻フェリシアが癌で亡くなる。
1979年61歳 ベルリン・フィルを初めて指揮。(マーラー『交響曲第9番』)
1985年67歳 原爆投下40周年に際し、ECユース管とヨーロッパと広島へ「平和の旅」として悼む。ソリストは五嶋みどり。

当時活躍していた指揮者A.トスカニーニ(1867-1957)、S.チェリビダッケ(1912-1996)、カルロス・クライバー(1930-2004)、H.v.カラヤン(1908-1989)らと交友関係にあった。W.フルトヴェングラー(1886 1954)とは、お互いに演奏を聴いているが、ナチス擁護派とされていたフルトヴェングラーとユダヤ人であるバーンスタインとは政治的な意味合いから周囲に面会を止められ、面識を持つことはなかった。
1989年9月16日70歳 同年7月16日に亡くなったカラヤンの、ウィーン・フィルによる追悼演奏会において、ベートーヴェン『弦楽四重奏曲第16番』弦楽合奏版を指揮。

1989年12月25日71歳 肺ガンを告知された身体で、ベルリンの壁崩壊を祝う演奏会でベートーヴェン『交響曲第9番』を指揮。オーケストラはバイエルン放送交響楽団をメインに、計6つの楽団のメンバーによって特別に編成され、東西ドイツの合唱団と東西ドイツ&英米のソリストが加わった。第4楽章の歌詞“Freude(歓喜)”を“Freiheit(自由)”に変更して歌われた。

ベートーヴェン:交響曲第9番
指揮:バーンスタイン
東ベルリン、シャウシュピールハウス(現コンツェルトハウス)1989年12月25日


ベートーヴェン:交響曲第9番~ベルリンの壁崩壊記念コンサート~ [DVD]

1990年6月71歳 札幌にパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)を創設し、後進の育成にも力を入れようとしていたが、既に病状が悪く、サントリーホールで予定されていた演奏会全てを行うことができず、急遽弟子であるマイケル・ティルソン・トーマス(1944‐)が代役を担った。
8月19日 タングルウッド音楽祭でボストン交響楽団を生涯最後の指揮。
10月9日 指揮者引退を宣言。
10月14日72歳 肺癌のためニューヨーク市内の自宅で亡くなる。(ヘビースモーカーとしても有名だった)

音楽解説者・教育者としても大きな業績を残し、マイケル・ティルソン・トーマス(1944‐)、小澤征爾(1935‐)、大植英次(1956‐)、佐渡裕(1961-)らを育てた。

公式サイト(英語)

バーンスタインとベルリンフィル、唯一共演し”奇跡の名演”される「マーラー:交響曲第9番」

マーラー : 交響曲第9番 バーンスタイン

「バーンスタイン 音楽を生きる」
少年時代の記憶から、鮮烈なスカラ座デビュー、「ウェスト・サイド・ストーリー」制作秘話、マーラーへの深い共感、ベルリンの壁コンサートにかりたてた真摯な平和への希求まで、音楽に人生を捧げたバーンスタインのすべて。80年代半ばから死の直前までつづけられたインタヴューをまとめた、貴重なドキュメント。
バーンスタイン 音楽を生きる 新装版

 

 

 

 

 

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