7月12日1934年【V.クライバーン】

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ヴァン・クライバーン
Van Cliburn

【ピアニスト/アメリカ】
1934年7月12日-2013年2月27日 78歳没
チャイコフスキー国際コンクール初回の優勝者で、ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールを主催したアメリカのピアニスト。

生涯

1934年 アメリカ合衆国ルイジアナ州に、ハーヴェイ・ラヴァン・クライバーンとして生まれる。
音楽に囲まれて育ち、リストの弟子のひとり、アーサー・フリードハイムに学んだピアニストの母親からピアノの手ほどきを受ける。
6歳でテキサス州に家族とともに転居。
12歳で州のコンクールに優勝し、ヒューストン交響楽団と共演。

ジュリアード音楽院ではロジーナ・レヴィンに師事。
卒業後、レーヴェントリット財団賞を受賞し、ニューヨーク・フィルやクリーヴランド管など、全米各地のメジャー・オーケストラにデビュー。

1958年23歳、冷戦下のモスクワで開催された第1回チャイコフスキー国際コンクールで優勝。
このコンクールはソビエトがアメリカに対して、宇宙開発に続き芸術面でも優位性をとる為のプロパガンダとして企画されたものだった。クライバーン演奏後、スタンディングオベーションが8分間も続き、審査員一同はソビエト連邦第一書記ニキータ・フルシチョフ(1894-1971/)に「アメリカ人に優勝させてもよいか」確認したという。これにより一躍アメリカの国民的ヒーローとなった。
審査員として参加していたリヒテル(1915-1997)が、クライバーンに満点の25点を、他の者すべてに0点をつけた伝えられたが、後にそれは間違いであることや、フルシチョフと友好な関係であったことを本人が述べている。

RCAと録音契約を結び、デビュー盤となったチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(コンドラシン指揮RCA交響楽団)(1958年)のレコードはビルボードのポップアルバムチャートで7週連続1位を獲得した唯一のクラシック作品で、史上初のクラシック音楽のプラチナ・アルバムとなった。

チャイコフスキー『ピアノ協奏曲』

1962年 チャイコフスキーコンクール優勝を祝してヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールが開催され、若手のピアニストの発掘と育成に力を注いだ。以後4年ごとに開催され、2009第13回では日本人で初めて辻井伸行が優勝し世界的に活躍している。

1966年32歳 初来日。
1980年代 人気絶頂の中、健康上の理由で長期間のブランクに入り、公の場で演奏する機会がほとんどなかったが、1990年代にカムバック。
2003年 大統領自由勲章受章。
2004年 ロシアより親善勲章を受章。
トルーマン大統領以来、トランプ大統領に至るまで歴代のアメリカ大統領に招かれてホワイトハウスで演奏した唯一のピアニストでもある。

2012年に進行性の骨ガンであることを告白し、2013年2月27日、アメリカ南部テキサス州の自宅で78年の生涯を閉じた。


膨大な回数のインタビューと米ロ双方のアーカイブから新たに公開された証拠に基づき、「忠誠心の鑑のような反逆者」ヴァン・クライバーンという人間と、チャイコスフキー国際コンクールの劇的な全貌を明らかにした「ホワイトハウスのピアニスト:ヴァン・クライバーンと冷戦」

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