音楽を題材にした映画(邦画)vol.1

モーツアルトを描き、大ヒットした「アマデウス」。日本にもクラシック音楽を題材にし、感動を呼ぶ映画が数多くあります。
年代順にご紹介します。まずは1945年から1993年までの5作品。

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私の鶯(1945年)

[監督]島津 保次郎
[原案]大佛 次郎
[製作]岩崎 昶
[音楽]服部 良一
[撮影]福島 宏
[出演]李 香蘭(山口 淑子)

1942年、満洲映画協会と東宝の共同製作として開始され、44年に完成。

ロシアの松丘洋行出張所代表として裕福な生活を送っていた隅田は、雪道で往生していたロシア人グループを家に連れて来て晩餐を行っていた。ロシア人一行は、帝室劇場付音楽団のデミトリ・イワノビッチたちとラズモフスキー。晩餐が終わるころ、外で軍閥同士の銃撃戦が始まり、逃げ出した一行だったが、途中、隅田は銃に倒れ、デミトリ一行、隅田の愛妻、赤ん坊を載せた馬車と離れ離れになってしまう。

隅田は何年も、別れ別れになった妻と子を必死に探していたが、手がかりを得られず、情報収集を友人の巽(新藤英太郎)とラズモフスキーに託し、自分は所用のため、日本から南方へと旅立つ。

時が経ち、デミトリはオペラの舞台に立っていた。彼が連れ歩いていた美しい娘は、隅田の一人娘マリ子(李香蘭)。彼女はデミトリの教育のもと、オペラ歌手になっていた。そうした中、満州事変が起こり、デミトリとマリ子は日本軍の満州建国に巻き込まれていく。

戦前の満州映画で作られたものであるため、その内容は満州建国を美化した形で描いている。しかし、原作者の大佛次郎を含め製作スタッフの顔ぶれは、戦時下におけるリベラル人達だという。

ロシア革命から満州事変・満州国成立にかけてのハルビンの白系ロシア人社会が主要な舞台となっており、劇中の多くの部分でロシア語の会話が用いられている。現地のハルビン交響楽団も撮影に協力した。大劇場で堂々たる歌声を披露する若き李香蘭はじめ、ロシアの歌劇が続々と登場する音楽映画。

満洲・日本での劇場公開は実現しなかったが、1945年6月に上海で上映されている。
1984年にプリントが再発見された。

俺たちの交響楽(1979)

[監督]朝間 義隆
[原案]山田 洋次
[製作]名島 徹
[音楽]外山 雄三
[脚本]朝間 義隆・梶浦 政男
[撮影]吉川 憲一
[美術]出川 三男
[出演]武田 鉄矢、友里 千賀子、永島 敏行
[ジャンル]ドラマ
[上映時間]112分

あの頃映画 松竹DVDコレクション 俺たちの交響楽
あの頃映画 松竹DVDコレクション 俺たちの交響楽

川崎の工業地帯の鉄工所に勤める新田徳次郎(武田鉄矢)は、ある夏の日の街角で「川崎でベートーベンの『第九』を歌いましょう! 」と勧誘活動をしていた京子(友里千賀子)たちを誘惑する気持ちで、先輩の安男(伊東達広)や後輩の保(永島敏行)を誘って、合唱団「エゴラド」に入団する。
12月の公演を目指す合唱の指導は厳しく、徳次郎は挫折を繰り返しながらも、いつしか団員とともに公演成功を目指し奔走していく。

『男はつらいよ』シリーズなどの名脚本家・朝間義隆初監督作品。
公開時におけるキャッチ・コピーは「俺が、“第九”を歌うんだって信じられねぇよなあ…。」

ベートーヴェン「交響曲第9番」の合唱シーンは、音楽を担当した外山雄三が指揮をした(演奏:日本フィルハーモニー交響楽団

森の伝説(1987)

[原案・構成・キャラクターデザイン]手塚 治虫
[監督]手塚 治虫、宇井 孝司
[美術監督]斎藤 雅巳
[音響監督]宇井 孝司
[音楽]チャイコフスキー: 交響曲第4番.Op.36
[指揮]小林 研一郎
[演奏]東京交響楽団
[ジャンル]アニメ
[上映時間]29分20秒

チャイコフスキーの『交響楽第4番』(『ある森の伝説』)からイメージを想起された四つのエピソードを完成させるべく、手塚治虫が十数年に渡って構想を暖めており、当初は、ディズニー以前のアニメ創世記から現代テレビ・アニメに至るまでのアニメーションの歴史をパロディとして織り込んだ、手塚版『ファンタジア』とでも言うべき手塚アニメの集大成として作られるはずだった。

1987年12月18日に第一楽章と第四楽章が完成し、1988年2月13日に上映。しかしその直後に手塚は腹部の痛みで入院、後に胃癌と発覚し製作は不可能となった。最終的に完成したのは第1楽章と第4楽章だけとなり、翌1989年に手塚が死去したことで遺作の一つとなった。
手塚プロダクションサイト

月光の夏 (1993)

[監督]神山 征二郎
[脚本]毛利 恒之
[音楽]針生 正男
[ピアノ演奏]小柳 信道
[出演]渡辺 美佐子、若村 麻由美、滝田 裕介、田中 実、仲代 達矢
[ジャンル]実話ドラマ
[上映時間]111分


月光の夏 [VHS]

吉岡公子はかつて教師として勤めた鳥栖小学校の古いグランドピアノが老朽化のため廃棄されることを聞き、その保存のため小学校で忘れられない思い出を語った。昭和20年太平洋戦争末期の初夏、当時九州の鳥栖国民学校(現、鳥栖市立鳥栖小学校)のピアノ係をしていた公子のところに、目達原基地から陸軍の二人の特攻隊員(特別操縦見習士青年特攻隊員が訪れた。生きて帰れぬ出撃を前にどうしてもピアノが弾きたいと、一人の青年はベートーベンのピアノソナタ『月光』を、もう一方の青年は『海ゆかば』を弾いて、数キロも離れた基地に帰っていった。

2か月後に戦争は終わった。公子の思い出は新聞やラジオで報道され、平和の記念碑としてピアノの修復も始まった。地元ラジオ局の石田りえはドキュメンタリー作家の三池安文と共に生き残った特攻隊員に取材を重ね、ピアノを弾いたと思われる元少尉風間森介を訪ねるが、風間は何も語ろうとしない。

石田たちは特攻出撃を途中で放棄した隊員を幽閉していた“振武寮”の存在を知り、特攻平和記念館で『月光』を弾いた海野光彦少尉の遺影を発見する。それをきっかけに風間の閉ざされた心は徐々に開き、エンジンの不調で特攻から引き返したこと、上官からピアノを弾いたことを軍人魂を忘れていると言われたことなど、振武寮に入れられた屈辱と絶望の日々を語り始める。
半世紀を経て思い出のピアノと再会した風間は、当時を振り返りながら知覧特攻平和会館で『月光』を弾いた。

映画製作にあたり、地元佐賀県鳥栖市を中心した九州各地で資金協力も話題となった。

わが愛の譜(うた) 滝廉太郎物語(1993)

[監督]澤井 信一郎
[原作]郷原 宏
[製作]高岩 淡、漆戸 靖治
[脚本]宮崎 晃、伊藤 亮爾、澤井 信一郎
[音楽]佐藤 勝
[撮影]木村 大作
[出演] 風間 トオル, 鷲尾 いさ子, 藤谷 美紀, 浅野 ゆう子、佐藤 しのぶ
[ジャンル]伝記
[上映時間]125分


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明治28年、生来の身体の弱かった滝廉太郎(風間トオル)は東京音楽学校を休学して療養のため故郷の大分県竹田に呼び戻された。彼の世話をする女中芙美(藤谷美紀)の廉太郎に対する淡い思い。
復学した廉太郎は新しい唱歌運動のために『花』から始まる組歌『四季』を作曲するなどその才能を開花させていく。そんな廉太郎に惹かれる中野ユキ(鷲尾いさ子)国費留学生に選ばれドイツへ留学。
遅れて明治34年、廉太郎もライプツィヒ音楽院へ国費留学を果たす。二人はドイツで再会し、ともに実力の乏しさを感じながら協力してベートーベン『熱情』の譜面へと向かう。
胸の病が再発した廉太郎は、日本へ帰国し、病と戦いながらユキに捧げるピアノ曲『憾うらみ』を書きあげるが、23歳10ヶ月という若さで、彼は世を去るのだった。

廉太郎没後九十年を機に、本格的なドイツ・ロケを交えて作られ、劇中には滝廉太郎の代表曲やシューマン、ベートーベンらの名曲が挿入され、三浦環役で佐藤しのぶが出演している。

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